輝くボディ、アルミ車とステンレス車
 戦前戦後にかけて鉄道車両は台枠のみ鋼製で側面や妻面、屋根などの上部構造物を木製とした木造車体から、外装を鋼製で内装を木製とした半鋼製車体に移り、その後新性能車登場前後から鋼製車体が主流になっていきました。鋼製車体は加工が比較的簡単でコストも安価で木製と比べて火災にも強いために、新性能電車以後は木製部品を使うことはほとんど無くなりました。しかし鋼製車体は腐食に弱く腐食を防ぐために塗装が必須である事や、腐食を見越した設計を行うので重量が嵩む点が挙げられます。この鋼製車の欠点を克服するために鉄道会社は新たな素材で車両を作る模索をしていました。

ステンレス車の登場と変遷
 日本で初めてステンレス車体を採用したのは国鉄のEF10ですが、これは海底トンネルである関門トンネルで運用するため塩害防止用として鋼製車体の車両の一部を1952年にステンレス車体へ改造した特殊な例といえます。その後は茨城交通(現:ひたちなか海浜鉄道)が1960年に導入したケハ600形や1958年登場の153系サロ153系900番台、1962年登場の岳南鉄道1100形、大手私鉄ではいずれも1958年登場の東急5200系(通称:湯たんぽ)と阪神5201形の内の2両(通称:ジェットシルバー)、1960年と1962年に製造された山陽2000系の3両2編成が、内部鋼体は鋼製で外板ステンレスとしたセミステンレス車として製造されましたが、国鉄、大手私鉄。、地方私鉄の各形式共に1〜6両といずれも試作的要素の強いものでした。大手私鉄で本格的にセミステンレス車を量産させたのは1960年製の東急6000系や1961年製の営団3000系で、その後営団5000系や京成3500形が採用されます。ただ大手私鉄ではセミステンレス車が定着する事は無く、後にステンレス車の主体となる内部鋼体もステンレス化したオールステンレス車に製造が移行します。これは1960年年代辺りまではステンレスで強度部材を作れなかったのが、技術の発達によりこうした部位にもステンレスが採用できるようになり、腐食の可能性が残るセミステンレスからオールステンレスへと変わっていきます。ただ日本初のオールステンレス車の登場は1962年製の東急7000系ですが、大きく普及するのは1980年代中盤になってからです。これは東急7000系を製造した東急車輛製造(現:総合車両製作所)が米バッド社との技術提携により各種製法特許などを東急車輛がほぼ独占的に保有していたためで、このため1970年代までのオールステンレス車の導入は基本的に東急車輛だけでしか行えず、東急や東急車輛での車両製造が主体であった南海がオールステンレス車を導入しているするに留まりました。僅かに近畿車輛で製造された近鉄3000系が東急の特許に抵触しない方法でオールステンレス車を製造しましたが、これも4両1編成の試作的要素が強いものとなっています。また関西では前述の南海を除いて塗装を施したアルミ車体を採用する事業者が多く、阪急と京阪は現在に至るまでステンレス車は導入おらず、近鉄も前述の3000系を1編成製造しただけで、それ以後の採用はアルミ車となっています。1980年代になると東急車輛が他車両製造会社との提携によりステンレス車両を製造するようになり、東武や京王、京成などが採用するようになりました。大きな転機になったといえるのが国鉄205系の登場です。これは公共企業体であった国鉄がステンレス車を導入するに当たって一社独占の技術で他社にも車両を発注出来ないという状況では問題があったため、優先的な発注を見返りに半ば強制的にステンレス車両製造のノウハウを開示させたというもので、これにより多くの車両製造会社によるオールステンレス車両の製造が可能となりました。

表7.各事業者のステンレス車両量産車初採用年(電車のみ)
会 社 名 セミ/オールステンレス 軽量ステンレス 備 考
採 用 年 形 式 採 用 年 形 式
東武鉄道 採用例無し   1981年 9000系  
西武鉄道 採用例無し   1991年 6000系 ※1
京成電鉄 1972年 3500形 1982年 3600形 ※2
東急電鉄 1958年/1960年 5200系/7000系 1980年 8090系 ※3
京王電鉄 1962年 3000系 1984年 7000系 ※4
小田急電鉄 採用例無し   1988年 1000形  
京浜急行 採用例無し   2007年 1000形 ※5
帝都高速度交通営団 1961年 3000系 採用例無し   ※6
相模鉄道 採用例無し   2002年 10000系  
名古屋鉄道 採用例無し    2002年 300系  
近畿日本鉄道 1978年 3000系 採用例無し   ※7
阪急電鉄 採用例無し   採用例無し    
京阪電鉄 採用例無し   採用例無し    
南海電鉄 1962年 6000系 1982年 8200系  
阪神電鉄 1958年 5201形 1996年 9000系  
山陽電鉄 1960年 2000系 採用例無し   ※8
神戸電鉄 採用例無し   2008年 6000系  
西日本鉄道 採用例無し   2007年 3000形  
日本国有鉄道 1958年 153系 1985年 205系 ※9

注、斜体文字はセミステンレス車

※1.ステンレス車は1995年製造の第4次車まで。
※2.1982年製の3500形最終編成3596Fもオールステンレス編成。
※3.1978年に8000系中間車2両を用いた軽量ステンレス車体の試作車が登場。
※4.3000系の第20編成以降は軽量ステンレス車体車。
※5.2007年製造の第6次車以降は軽量ステンレス車体車(それ以前は鋼製車体車)
※6.現東京地下鉄(東京メトロ)
※7.3000系は試作的要素で4両1編成のみ
※8.2000系は普通鋼、ステンレス、アルミと三種存在し、後二者は試作的存在となる。
※9.153系セミステンレス車はサロ2両の試作的存在。

 1970年代後半から東急車輛がボーイング社と技術提携をして開発した軽量ステンレス工法と呼ばれる技術が確立され従来のオールステンレス車より20%程度車体の軽量化が実現し、今後のステンレス車の主流となりました。外見上は従来のステンレス車では錆びない事による塗装の省略によって金属の地肌が露出しているうえ、ステンレスはその性質から溶接時に派生する歪みが除去しにくいので、この歪みを隠して外観デザインを保つためにコルゲートと呼ばれる波打った外板を採用していました。これがステンレス車の外観上最大の特徴となりますが、軽量ステンレス車では歪み処理にコルゲート板を使わず、車体に使われるステンレス板にビードと呼ばれる凹凸をつけて歪みを防止しています。こうした軽量ステンレス車でも増結用に後から生産された車両には他の先に製造された車両にデザインを合わせるために、敢えてコルゲート板を使っている場合もありますし、京王7000系のようにと雄でコルゲートからビードにデザインが変更される例もあります。また近年では歪みの原因となっていたスポット溶接にから歪みの発生しにくいレーザー溶接が用いられるようになり、こうして製作された車両はコルゲートもビード加工も無い平面となって加工時の工程省略や美観向上に繋がりますが、歪み防止のために外板の肉厚を増やしたりするので重量としては若干増大する傾向にあります。

 ステンレス車の利点としてまず挙げられるのは金属板の時点で腐食しない点、そしてそれによって腐食を防止するための塗装を省略できる点があります。この二点とも製造時だけでなく運用を開始した後の保守整備時にも維持コストが発生し、それは時が経つにつれて老朽化とともに増大します。ステンレス車体はその後の検査や修理時などでもその工程を省略あるいは作業を軽減できます。また経年劣化による金属疲労などの強度の低下もあまりみられないようで、南海6000系は1962年製造でありながら大きな更新工事は他形式車と併結した際に脱線する可能性のあったパイオニア台車をSミンデン台車に交換したくらいで、製造後50年を経過した今でも1両の廃車も無く置換えの計画は無い状態であり、同時期に製造された南海本線の7000系の廃車が進むのと比べると鋼製車との耐久性の高さが伺えます。
 次に鋼製車との比較で軽量化が挙げられますが、ステンレス自体の重さは普通鋼とさほど変わらないとされています。しかし鋼製車は腐食による目減りや劣化を見越して設計上強度よりも厚みを多く持たせるために余分な重量がどうしても発生してしまいますが、腐食しないステンレスならばその分を減らす事が出来て結果として軽量化が行えます。鋼製車の重量を100%とした場合、セミステンレス車は97%、オールステンレス車は84%、軽量ステンレス車は59%とする資料もあり、技術の進化により、だんだんと軽量化が実現しているのがわかります。
 欠点としては加工が難しいので曲線などの整形がし辛く、同じ様な形状をしていた東急の鋼製車5000系とステンレス車5200系の外観を比較した場合、5200系の方が曲面工作の努力が伺えるもののやや角ばっている印象を受けます。この東急5200系や6000系、南海の6000系や6100系(現6300系)は前面上部にRを付けて柔らかい曲線のデザインを使っていますが、初期のステンレス車は全体的に平妻前面など直線的なデザインを採用しているのはこのためだと思われます。軽量ステンレスや加工技術の向上により車体上部が広がった幅広車体の車両も後に登場していますが、前面のデザインを凝らす際にはステンレスではなく運転台付近のみ普通鋼で製造するか、FRPを被せるなど別素材を用います。またこうした事情と無塗装である点に由来する欠点として、事故などにより車体が破損した際に修理が難しいてんがあります。塗装鋼製車ならば損傷部を部分的な溶接で交換し、傷ならばパテで埋めた上で塗装をして復元するという形で原型復帰が行えますが、ステンレスではこれらの方法は行えません。南海でも高野線はステンレス化が早くから進んだのに南海本線の車両はステンレス化が遅かったのは踏切が高野線では少なかったからだとされ、名鉄でもステンレス車の導入が遅かったのも同様の理由といわれています。ただ損傷した部分をブロック毎に交換する手法で対処はでき、当初は高価だったステンレス車体もだんだんと安価になってきたので、以前は導入を見送った路線でもステンレス車が走るようになっています。
 他には無塗装による無個性化が事業者に嫌われる場合もあります。ステンレス車を採用し始めた当初の東急車は無地でラインカラーなどを示した帯も巻いていませんでした。これは同じ頃の国鉄車や阪神電鉄、南海電鉄、茨城交通、岳南鉄道などのステンレス車両も同様で、山陽電鉄の2000系が赤く細い帯を纏っている程度でした。しかし誤乗防止や車体デザインを引き締める観点から無塗装の利点を活かしつつ、ラインカラーなど色帯を着け始めるようになります。近年では何らかのカラーデザインが施されていて、編成として素材の銀色だけの外観を持つ車両は無く、僅かに南海8000系が試運転時に帯を巻かず運行されたくらいです。こうしたデザイン処理を行う場合は塗装で行うのではなく、特殊なテープやカッティングシートで施されて工程の増大を最小限に抑えています。こうした没個性を嫌うのか、多くの大手私鉄では有料特急用車両ではステンレス車体を採用しない傾向にあります。JRでは北海道や東海、四国などで特急用車両にステンレス車を採用していますが、大手私鉄は現状では南海12000系“サザンプレミアム”が唯一の例となっており、当時一般車では鋼製車の生産は終了しステンレス車での増備が進んでいた名鉄でも有料特急車である全車特別車“μスカイ”用の2000系や一部特別車の2200系は鋼製車体により製作されています。
 またデザイン的な理由で無塗装の利点を捨て塗装を施す事例もありますがやはり少数となっていて、南海1000系の第5次車までが在来車とデザインをあわせるためかグレーのベース塗装を施しています。ただこれも第6次車以降はベースは無塗装となっています。大手私鉄ではありませんが、江ノ島電鉄の新500形がステンレス車体ながら全面塗装されています。
 セミステンレスについて、初期のオールステンレス車を製造する技術が無かった頃の仇花といえるようなもので、外板は腐食しないステンレスであるものの骨格となる内部鋼体が普通鋼なので、この部位が腐食する可能性は残っていてオールステンレスに比べメンテナンスの点で難があります。またこの二種類の素材を使うために異種素材の結合部溶接が弱くなる傾向があるとされています。こうした弱点があるにもかかわらず、オールステンレスの技術が東急車輛のみであった事や他の車両製造メーカーの鋼製車体の製造技術も流用できながら車体の多くの部分で腐食に対する保守から解放されるので、競争入札で車両を導入する必要のある都営地下鉄など多くの公営地下鉄で導入され、大手私鉄と関わりのある大阪府都市開発や北総鉄道などの都市系の中規模私鉄でも多く採用されていましたが、オールステンレス車が多くの車両メーカーで製造できるようになった今では中途半端な存在ともいえるセミステンレス車はもう製造される事は無いと思われます。

 またステンレス車導入初期の事例として、車両系統の分断された二つの本線が存在する事業者の場合に片方の路線には鋼製車両を主体とした編成を投入し、もう一方の路線にはステンレス車を投入するという分け方もあり、南海電鉄の鋼製車両を主として運用する南海本線とステンレス車両を運用する高野線や同じく鋼製車両を主として運用する京王本線とステンレス車を運用する井の頭線というものがあります。前者の南海は基本的に本線と高野線で同時期に導入した車両は同じ規格で足回りは同じ方式を採用していますが、伝統的に車両製造を堺にあった帝国車両で行い、後に帝国車両を吸収した東急車輛が南海車の製造を引き継いだ関係で、高野線にはごく初期からステンレス車が採用されました。しかし前述のように南海本線は踏切が多く事故の際に車体の補修に当時はまだ難のあったステンレス車の導入は見送られた経緯がありましたが、1985年登場の9000系より本線にもステンレス車が採用されるようになりました。京王は京王線と井の頭線は軌間が違ったため基本的に別系統の車両が投入されてきました。またこれも車両メーカー選定の伝統から京王線は日本車両と東急車輛が主体で井の頭線は東急車輛主体なためにライセンスの関係上で井の頭線にまずステンレス車が導入されるという流れになったものと考えられます。

 余談ながらステンレス車体の溶接は従来の工法ではスポット溶接を採用していて通常では気にならない程度の隙間があり、機密を保たなければならない新幹線車両ではこの僅かな隙間でも問題となってしまうためにステンレスは採用されず連続的に溶接が出来る普通鋼やアルミが採用されていますが、大手私鉄ではこうした配慮は特に考える必要は無いでしょう。

アルミ車の登場と変遷
 ステンレス車と同じく普通鋼製車よりも腐食に強く最近の鉄道車体の素材として多く使われているのがアルミです。大手私鉄で初めて採用されたのはセミステンレス車体も試作的に採用した山陽電鉄の2000系でアルミ車体の採用も同じく試作的要素が強いものとなっています。両社を比較した結果アルミ車体の本格的採用が決まり、1970年代からの主力形式となった3000系の一部に採用されています。この頃はまだ完全にアルミの加工技術が確立しておらず、特に溶接は未熟であったので一部にリベット接合も用いられるなど手探り状態であったといえます。しかしすぐに技術は進歩し前述の山陽3000系やアルミ車体の本格採用を決めた営団(現東京地下鉄)5000系や6000系では全ての接合部位において溶接が用いられています。

表8.各事業者のアルミ車両量産車初採用年(電車のみ)
会 社 名 採 用 年 形 式 備 考
東武鉄道 1990年 100系 ※1
西武鉄道 1996年 6000系 ※2
京成電鉄 2010年 AE形(2代) ※3
東急電鉄 1967年 7200系 ※4
京王電鉄 採用例無し    
小田急電鉄 2005年 50000形  
京浜急行 1987年 1500形 ※5
帝都高速度交通営団 1968年 6000系 ※6※7
相模鉄道 1970年 2100系 ※8
名古屋鉄道 採用例無し    
近畿日本鉄道 1986年 3200系 ※9
阪急電鉄 1982年 7300系 ※10※11※12
京阪電鉄 1970年 5000系  
南海電鉄 採用例無し   ※13
阪神電鉄 採用例無し    
山陽電鉄 1964年 3000系 ※14
神戸電鉄 1973年 3000系  
西日本鉄道 採用例無し    
日本国有鉄道 1966年 301系 ※15

※1.通勤車としては2005年登場の50000系が最初となる。
※2.アルミ車体は第6次車からで50番台に区分。5次車まではステンレス車体。
※3.1967年に車体更新された1600形の中間車が試作的にアルミ車体へ載せ替え。
※4.試作的存在でアルミ車は2両のみ。以後東急ではアルミ車は製造されていない。
※5.1987年生産分よりアルミ車体で、それ以前は鋼製車体。
※6.現東京地下鉄(東京メトロ)
※7.6000系登場前に5000系のうち1967〜1969年製造の7両×3本でアルミ車体を試作。
※8.1967年に6000系のうち1両でアルミ車体を試作。
※9.1968年製造の8000系8069F4両でアルミ車体を試作。
※10.1977年製造の6000系6000F1編成が思索的にアルミ車体を採用。
※11.7000系は1984年製造分よりアルミ車体化。それ以前は鋼製車体。
※12.全車両がアルミ車体になった初の形式は8000/8300系
※13.鉄道線での採用例は無いが、1953年に南海鋼索線(ケーブルカー)でアルミ車体を採用。
※14.1962年に試作車として2000系3両×1本がアルミ車体を採用。
※15.1946年に航空機用ジュラルミンを流用した63系電車が、1966年にアルミ製タンク車が登場。

 アルミ車体の利点と欠点はステンレス車体とよく似ていて、大まかに言うと利点は腐食せず軽量化を実現できる点で、特にアルミニウム合金は同じ体積の普通鋼と比較して38%程度の重量となります。もちろんこの比をそのまま当てはめる事は出来ませんが、営団5000系を例にとるとセミステンレス車と比較してアルミ車は1両辺り5トン程度軽減できるようです。また腐食しないので塗装を施さなくても大きな問題はありませんが、ステンレスと違い表面に小さな凹凸がみられ、その中に埃や鉄粉が入り込んで汚れが取れ難くなったり、鉄粉が腐食して車体が錆びたようになってしまう事があります。こうした事例を防ぐためにクリアラッカーを吹いたり塗装を行ったりします。塗装するというのは省力化に逆行するものですが、鋼製車体と違い下地処理などを行う必要が無いので多少工程は軽減されます。営団では車体汚れを車体表面処理をより平坦化したり、洗浄方法を工夫するなどにより無塗装を維持しています。アルミ車体を採用した事業者の中には無塗装を前提としていないものもあり、阪急は現在に至るまで一貫してマルーン塗装を行っていますし、京急も2007年に新1000形モデルチェンジ車を登場させるまで塗装車が主体で、新1000形ステンレス車も色帯を幅広くとっていてなるべく地肌を見せないようにしています。京阪も塗装などの車体デザインとしては従来からの鋼製車体車と特に違いなく塗装が施されており、一見すると区別がつきません。またステンレスと比べると加工が容易で複雑なデザインも作りやすいので、特急用車両でもアルミ車が製造されて東武100系“スペーシア”や小田急50000形“VSE”、京成AE形(二代目)が有料特急車としてアルミ車体を採用し、料金不要ながら他形式と違う優等向けの設備を施した京急2100形もアルミ車体を採用しています。余談ながらJRでは東日本と西日本、九州が特急用車両にアルミ車体を積極的に採用していて、大手私鉄の特急用車両と共に塗装を施しています。欠点として普通鋼やステンレスと比べてアルミ単価が高く、そのためアルミ合金の価格が製造コストに反映されて車両製造価格が高くなる点です。しかし前述の通り保守の手間が少なく老朽化も普通鋼よりも進まないので定期検査や更新工事の費用も軽減され、軽量化による運行コストも少なくなるので、総合的には従来車両よりもコストが安くなるとされています。
 アルミ車を導入しているのは初期には関西の大手私鉄が多く、京阪や近鉄、阪急、山陽がアルミ車を導入しこれらの事業者は優等用車両を除き鋼製車両の製造は基本的に行わなくなりました。関東はステンレス車が多い印象で、京急と相鉄が主としてアルミ車両を採用していましたが、この両社がステンレス車を導入するようになり、今まで鋼製車かステンレス車を採用していた東武と西武がアルミ車を採用するようになりました。近年この東武と西部そして東京メトロが導入しているアルミ車は日立製の“A-train”と呼ばれるシリーズで、関西でも阪急がこの“A-train”を採用していて、鉄道車両規格の主流の一つになっています。

 ステンレス車とアルミ車は基本的に同じコンセプトで導入された存在といえます。両者とも腐食防止と軽量化で鋼製車両よりもランニングコストを抑えるのが導入目的ですし、製造コストだけに関すれば鋼製車両よりも割高になる点も同様です。こうした無塗装車両を架空鉄道車両としてイラストで再現する場合に、どちらも銀色で微妙な色合いをどうやって区別させて表現するかが問題になるかと思います。ステンレスとアルミが両方とも存在する営団5000系や山陽2000系を比較してみると色合いはステンレスよりもアルミの方が白みがかっているように見えます。これに初期の車両だとステンレスにはコルゲートやビートを車体に取り入れて、アルミ車両との差別化を図ることが出来ます。またアルミ車両の場合は塗装されている場合も多いのは前に描いたとおりですが、この場合は構成者との差別化が問題となります。元々鋼製車両が凝ったデザインで無いというのは通勤用車両ではよくある例ですが、こうした場合は阪急6000系や7000系のように鋼製車もアルミ車でもほぼ変わらぬフォルムの車両を送り出す事が出来、説明文でアルミ車体を採用してるというアピールに留まってしまう展開も無くはありませんし、そうした形式も存在しても不思議はないでしょう。ただやはり多少なりとも変化は付けたいもので、鋼製車体からアルミへとマイナーチェンジした京急1500形はアルミ車から戸袋窓を妻窓を廃止しました。これは後の鋼製車更新で同じ様に両窓を埋める事になりますが、仕様変更時の差別化の良い例となるでしょう。近鉄の8000系アルミ車体試作車である8069Fは当時の近鉄の標準的な車体だった8000系鋼製車と比べると“弁当箱”とファンにあだ名されるような角ばった印象の車体となっています。これは後の界磁チョッパ制御車やVVVFインバータ制御車などの標準軌全線共通仕様の車体の礎となったデザインでアルミだからこういったものではないようですが、これも違いを表わす一つの方法といえるでしょう。
 これらの新素材は鉄道車両の材料として使うのはまだ未知数と判断したのか、初期といえる1960年頃から1970年代にかけて試作車が多数製造されました。車体の試作なためか、その多くは既存の形式の中にて運用されて新規の形式として製造されたのは東急5200系や近鉄3000系などと少数に留まり、東急5200系は別形式となっているものの、足回りは5000系と同じで同一形式といっても過言ではなく、近鉄3000系は足回りを当時近鉄では実用化していなかった電機子チョッパや電気指令式ブレーキを搭載して上回りも下回り両方で試作を行うものとなりました。試作車両も編成単位のものや一両だけのものと様々で、これは鉄道事業者だけでなく鉄道車両メーカーもデータや技術蓄積を行いたいという思惑もあり、数多くの車両が大手私鉄だけでなくアルミ車は秩父鉄道や北陸鉄道、ステンレス車は前述の岳南鉄道や茨城交通(当時)などで試作されました。ただ車体は機関などと違いすぐに不具合などが出ることは少なく、腐食や金属疲労といった不具合は長期的に運用されてから現れるので、試作車投入を行ってからそれなりの時間を経て量産車が投入されるといった場合が多く見られました。
 試作されながらも量産車投入とならなかった事例もあり、東急7200系アルミ車は東急においてアルミ車体の系譜としてはそこで途絶えてしまい、東急車輛(当時)のアルミ車体製造の秀作としての存在に留まりましたし、近鉄も足回りの電機子チョッパなどと共に、近鉄の運用に合致しなかったのか以後はアルミ車体を採用してステンレス車体の車両が続く事はなく、その3000系も2012年に廃車解体されてしまいました。一方のアルミ車は8000系で試作された4両1編成の実績を経て1422系などで本格採用されて、以後の一般車はアルミ車体が主体となりました。ただ試作として投入された8000系8069Fは鋼製車体である同形式他車と同じく運用されていましたが、試作的な車体が仇となって連結器を他線の車両と高さを合わせる事が出来ず、1989年に一度はアルミ車は全車中間車として封じ込められ、2005年にはアルミ車を含んだ8074Fは老朽化と異端者であったためか除籍となり、近鉄のアルミ車としては初の廃車となってしまいました。
 一両単位の試作車は京成の1600形や相鉄6000系などにみられ、塗装された鋼製車体に無塗装で銀色のアルミ車体が編成の良いアクセントとなっています。ちなみに相鉄はその後3010系や2100系に繋がりますが、京成は以後ステンレス車体を主として採用してアルミ車体は2010年登場の有料特急車である新AE形まで40年以上の開きがあり、技術的に継承されたとはいえないものです。こうして色々な形態の試作車が導入され、編成単位や車両単位に量産車へと発展したものや試作車だけで終わったもの、ほぼ従来車と変わらないものや微妙に車体に変化があるもの、塗装されたものや無塗装なものや、試作車で終わったものだとここぞとばかりに他の試作的要素を詰め込んだりと実に様々なバリエーションが存在しています。実在の鉄道事業者で現場でバリエーションが数多く存在すると困難を伴うと思いますが、趣味的や創作的には面白いものとなるでしょうし、こうした現場の困難を物語として作ってみるのも楽しいものだと思います。またこれら初期に試作車を投入した事業者が量産車を投入してそれが定着してきた頃にアルミ或いはステンレス車を初採用する場合は製造メーカーのノウハウも蓄積していて、試作車両を投入する例はほとんど無く、その事業者がそれまでに投入した最新鋭車両の制御機器を踏襲するか流れを汲んだ発展型を用いた量産車をいきなり導入するパターンとなっているので、現実世界の例にもあるように採用の可否は別にして試作車を1本導入してみて異端車を演出するのも不自然ではないですし、上手く理由を付けられれば車両変遷の変化も付けられて面白いものになるでしょう。
 近年では大手私鉄の一般車はアルミやステンレスで車体を製造されるケースがほとんどとなり普通鋼で製造されるケースは稀になってきていて、ここ数年で製造された鋼製車両は阪神の青胴車5550系と名鉄2300系の一般席車だけとなっていますが、阪神は料金不要の優等車である所謂赤胴車はステンレス車体を採用していて、5550系は5500系の改良増備車という位置付けで完全な新規設計車とは違い、名鉄は特別車と一般車の混成という特殊な事情の元で製造されて、基本的には大手私鉄で一般車の鋼製車体車の新規製造はほぼ無くなったものといえるでしょう。こうした車体の素材を普通鋼からアルミかステンレスに置き換える時期は新素材や新技術を採用する事業者の積極性という形で個性を持たせられる部分で、前述のような試作車も含めて、技術の過渡期のごった煮的なことも演出できます。少々無理のように思えるものでも現実は意外と無理を通しているものです。

現在の主流 インバータ制御車
 戦後日本において電車は大きな進歩を遂げました。大まかな流れとして抵抗制御から省エネ効果の高いチョッパ制御となりましたが、これらは直流電動機を使用しているので整流子とカーボンブラシなど消耗品が多くメンテナンスとしてはやや難がありました。また抵抗制御では文字通り抵抗器を用いて電流を制御するので起動と制動共にエネルギー損失が大きく、この点はチョッパ制御では起動は抵抗ではなく電機子回路のスイッチング、制動は回生ブレーキである程度解消したもの、前述の通り直流電動機の弱点を抱えていました。VVVFインバータ制御は交流電動機を駆動するためにインバータで電圧と周波数を変化させて電動機の回転数を制御する方式で、交流電動機は構造が簡単で軽量化することが出来、エネルギー損失も最小限に抑えることができるようになりました。

表9.各事業者のVVVF制御のGTOとIGBT別初採用年
会 社 名 GTOサイリスタ素子 IGBT素子 備 考
採 用 年 形 式 採 用 年 形 式
東武鉄道 1992年 20050系 1996年 30000系 ※1
西武鉄道 1985年 8500系 2000年 20000系 ※2
京成電鉄 1991年 3700形 2003年 新3000形 ※3
東急電鉄 1986年 9000系 1999年 3000系 ※4
京王電鉄 1992年 8000系 2000年 9000系  
小田急電鉄 1987年 1000形 1995年 2000形 ※5
京浜急行 1990年 1500形1700番台 2005年 新1000形 ※6
帝都高速度交通営団 1990年 9000系 1992年 06系 07系 ※7※8
相模鉄道 1987年 3000系 2002年 10000系 ※9
名古屋鉄道 1993年 3500系 1997年 3100系  
近畿日本鉄道 1984年 1420系 2000年 3220系 ※10
阪急電鉄 1988年 8000系 2003年 9300系 ※11
京阪電鉄 1989年 7000系 1997年 800系 ※12※13
南海電鉄 1990年 2000系 2005年 2300系  
阪神電鉄 1995年 5500系 2001年 9300系  
山陽電鉄 採用例無し   1997年 5030系  
神戸電鉄 1994年 5000系 2008年 6000系  
西日本鉄道 1995年 6050形 2000年 7000形  
日本国有鉄道 1986年 209系900番台 1998年 E231系  ※14※15

※1.1988年に試作車として10080系4両1編成が登場。
※2.8500系は山口線用新交通システムで、本線系としては1992年登場の6000系が初採用。
※3.1988年に試作車として3200形3294FがVVVF制御化改造された。
※4.1996年に7700系から抜いた付随車をIGBT素子のVVVF制御化改造し7915Fに組成。
※5.1986年に2600形1両をインバータ制御化改造を行い現車試験を行っている。
※6.新1000形は第2次車まではGTO素子のVVVF制御車。
※7.現東京地下鉄(東京メトロ)
※8.1978年に6000系の一部で試作。
※9.吊駆け車からの改造車。新造車としては1988年登場の7050系から
※10.大手私鉄初のVVVFインバータ正式採用車。
※11.1985年に2200系の一ユニットをVVVF化改造を行い試作を行っている。
※12.800系は京津線用で、京阪本線系のIGBT初採用は2002年製造の10000系。
※13.1988年に6000系でインバータ制御試作車を8両編成のうち4両で新造して実施。
※14.JR西日本の209系とは別形式。
※15.IGBT初採用のE231系ははJR東日本所有。

 当初はまだ普及したシステムではなく、制御機器は抵抗制御など従来からの制御方式に比べて非常に高価なので、一つの制御器で1両4基の電動機を制御する1C4M方式や一つの制御器で2両8基の電動機を制御する1C8M方式などを採用したりしています。最近では2基の電動機を制御する1C2M方式もありますが、1C4M方式が現在でも主流となっています。1970年代後半から現役車の一部車両や廃車となった車両にVVVFインバータを搭載して鉄道事業者や車両メーカーや試験を行い1980年代後半より実用化が始まり。1990年代には大手私鉄全てでVVVFインバータ制御が導入されるようになりました。初期はGTOサイリスタ素子を用いたVVVF制御システムで電機子チョッパ制御のように回路のスイッチをオンオフを繰り返しパルス波を変動させて交流電動機の回転数を制御するという電機子チョッパの延長発展させたといえるシステムを用いています。GTOサイリスタ素子を用いた制御機器では変調を繰り返す音が制御機器から聞こえてきますが、これはGTOの特徴でありなかなか消す事が出来ないものですが、プログラムなどの設定により音階を制御する事ができるため、メーカーは進んで実施しないでしょうが形式毎に起動音の違いも出せたりします。この性質を逆手にとって起動音に意図的にメロディをつけることも可能で、京急の2100形と新1000形、JR東日本のE501系が採用した独シーメンス社製のインバータ制御機器は、プログラムで起動音に“ファソラシドレミ”とメロディをつけています。ちなみに京急車は起動時のみメロディを発し原則停車時にはメロディは鳴らず、JR東日本のE501系は停車時に“ミレドシラソファ”と逆になりますが、これは京急車よりもJR車の方が回生失効速度が遅く、停車ギリギリまで回生ブレーキが機能しているためです。この音は初期VVVF車の大きな特徴でしたが、メロディ化しないにしても不快な雑音にならないように工夫させて変調が少なくなるようにする場合も有ります。1990年代後半から採用されてきた制御素子にIGBTと呼ばれるトランジスタの一種を用いるようになり、スイッチング速度がGTOサイリスタよりも早くエネルギー損失も少なく加速も滑らかになるというのが特徴です。大電力を扱えない欠点もありますが、鉄道ではそれほど大きな電圧や電流を扱わないので大きな弱点にはならないようです。
 交流電動機は近年の技術力の向上によって鉄道車両に採用できるようになった技術で、小型化できてカーボンブラシなどの磨耗品も無くなって維持管理が楽になる長所を持っていながら、電流だけでなく周波数も制御しなければならないためにそれらをコントロールするシステムが必要で、半導体とコンピュータが発達した1990年代頃になりようやく日の目を見るようになりました。その後は急速に普及して抵抗制御車はもとよりチョッパ制御車もその生産を終えることになりました。
 多くの利点があるVVVFインバータ制御ですが、半導体などの精密部品を多用していて故障時や日常的な保守では検車区などの鉄道会社では機器に手を出す事が出来ず、また技術の発達の早さが逆に機器の陳腐化を早める結果となり、故障しても代替部品の調達が難しくなるという事例も多くみられています。このため初期VVVFインバータ車はGTOサイリスタからIGBTへと載せかえる形式も現れるようになり、代表的な例として前述の京急2100形もIBBTに機器更新を行っているため、特徴であったドレミの音階がなくなってしまいました。以前は足回り機器を流用して車体更新という事例が多数ありましたが、VVVFインバータ制御ではこうした車体更新車は現れないでしょう。
 VVVFインバータ制御は現状の電車としては理想的なシステムといえ、細かな改良を加えつつも後継の新しいシステムはまだ実用化はされていません。ただ制御機器ではないものの、交流三相誘導電動機にかわって交流永久磁石同期電動機(PMSM)と呼ばれる新しい技術の電動機が東京メトロ千代田線用の16000系に採用されています。これは交流誘導電動機よりもエネルギー効率が良く騒音が低いという長所があるものの。負荷トルクが掛かりすぎると同期外れになって停止したり、強力な永久磁石を製造するために入手に難のあるレアメタルを使用していたりする問題があり、今のところ東京メトロ以外で量産車に採用している事業者はありません。
 前述の通り交流電動機を使える事により電動機本体の消耗品を無くして保守性向上に繋がる他に、構造が簡単にもなり小型軽量化もなされました。また短時間ならば定格出力以上の不可を課しての運行も可能で、鉄道車両の運転ならば過負荷運転は加速時の一時的なものなのでこうした運用も可能になり、また電動機にかける電流や周波数も自在にコントロールできてトルク制御も容易となり、旧来制御車両と同じ出力を維持しながら編成中の電動車比率を下げる事ができます。また電動車が減るので編成全体の製造コストや運用コストも下げる事ができて省エネにも大きく貢献する事になります。

 架空鉄道でも現代のものを再現する場合、VVVFインバータ者の導入は大手私鉄であるなら必然となってくると思います。こうした制御機器の変遷、抵抗制御→チョッパ制御→インバータ制御との流れは戦後の大手私鉄車両の技術の変遷として架空鉄道会社の歴史に重みを持たせる事になるでしょう。表9を参照すると初採用の時期は1990年代前半から中盤くらいが自然になると思います。山陽電鉄がGTOサイリスタ搭載車が採用されなかったのはまだVVVFインバータ制御が普及していなかった1985年に新型車の5000系を登場させたためで、界磁添加励磁制御のまま1995年まで製造が続けられました。他社ならば形式はそのままか或いは5030系のような派生的区分によってGTOサイリスタVVVFインバータ制御車が登場したのかもしれませんが、整備上の面倒を避けたのかこのような形でのVVVFインバータ制御車両の登場は1997年まで待つ事となり、この時期のスタンダードであったIGBTが採用されて大手私鉄唯一のGTOサイリスタ未採用の事業者となりました。量産車としての初採用は京急を除いて新形式となっていますが、東武20050系や9050系、名鉄3500系、近鉄1420系、神鉄5000系など従来形式車とあまり変わらない車体外観の車両もみられますし、小田急1000形や西武6000系などのようにステンレス車体など他の新規軸も同時に採用する例もみられます。ちなみに京急はIGBT初採用も新1000形の途中でのマイナーチェンジで形式も変えないものとなっています。従来の車両とは一線を画するともいえる車両ですが、これらの例のように初めて導入するパターンは様々な形態があり、よほどの無茶苦茶な設定を与えない限りちゃんとしたバックボーンさえ盛り込めば大抵の嘘のような登場秘話を作りだすことができるといえるでしょう。

電車を止める ブレーキとマスコンの変遷
 鉄道の制動機器、つまりブレーキの事ですが、大手私鉄において通常使われているものは大まかにいって2種類あります。一つは機械式と呼ばれるブレーキシューなどを用いて車輪を押え付けて車両を減速停止させるもの、もう一つは原動機式と呼ばれる電動機を発電機にしてその抵抗で以って減速するものです。

機械式ブレーキの変遷

 機械式ブレーキは戦前の単行運転が主体であったごく初期には直通ブレーキと呼ばれるブレーキシリンダーに直結した空気管の圧を直接調整する事により制動力を得るもので、簡単な構成なために黎明期に使われていました。ただ空気管が破損した場合に圧が無くなり制動が利かなくなる恐れがあったり、一箇所で操作するので複数車両が連結されていると後部車両の制動力が確保されなくなるなどの問題があり、現在では本線系の鉄道ではほとんど使われておらず、単行での運転が基本の路面電車の車両に僅かに残るのみです。
 直通ブレーキの欠点を補うべく登場したのが自動空気ブレーキ(自動ブレーキ)です。こちらは制動を掛けると車両の元空気ダメに直結した空気菅の圧が下がりブレーキシリンダ部に繋がった補助空気ダメの空気圧の方が大きくなってブレーキシューが作動させて車両を停める方式です。こちらは元空気ダメの空気でブレーキを掛けるのではなく、ブレーキに直結した補助空気ダメの空気圧で停まるもので、万一車両間を繋ぐ空気管が破損して圧が抜けても逆に制動が掛かるようになり、非常時の信頼性は非常に高まりました。しかし空気圧で編成全体の制動力を制御するので即効性に欠け、長い編成だと全部の車両に制動力が行き渡るのにタイムラグが生じる欠点がありました。またブレーキハンドルで空気圧の調整を行いますが、制動力を高める位置と制動力を維持する位置、製動力を緩める位置があり、それぞれの位置にブレーキハンドルを動かしつつ制動力を調節するという比較的難しいものとなっています。余談ながらこの動作を再現したものが「電車でGO!旅情編」(アーケードゲームとしては「がんばれ運転士!」)で専用コントローラを使えば自動空気ブレーキのハンドル操作を手軽に体験する事ができます。
 自動空気ブレーキの欠点を補うべく開発導入されたのが電磁直通ブレーキです。自動空気ブレーキは空気圧を調整するのに直接ブレーキ弁を機械的に操作していましたが、電磁直通ブレーキはこれを電気信号に置き換えて操作しています。このためブレーキハンドルは込め、保ち、緩めといった複雑な操作を必要とせず、任意の位置で空気圧の調整を行うことが可能になりました。電気信号で各車の空気弁を作動させるので自動空気ブレーキの弱点であった長編成化した場合の制動タイムラグを解消することができ、電気式ブレーキである発電ブレーキや回生ブレーキとの併用も可能となっています。そして近年の主流となっている電気指令ブレーキは電磁直通ブレーキを発展簡略化したもので、電磁直通ブレーキでは運転台のブレーキ弁で空気圧を操作したものを電気信号に置き換えていましたが、電気指令式ブレーキは完全に最初から電気信号に置き換えて運転台に空気弁を持ってくる必要がなくなり、空気配管が簡略化されています。ブレーキハンドルは電気信号を送るスイッチとしての存在になるため、ブレーキにノッチを刻む事が可能となり運転操作時に制動力の把握が容易になります。また電車のアクセルというべき存在の主幹制御器(マスターコントローラー 略してマスコン)と一体化することができるようになり、加速減速のハンドルを一元化したワンハンドルマスコンを採用する事が出来るようになりました。発電ブレーキや回生ブレーキの併用が可能なのは電磁直通ブレーキと同じです。
 欠点として電磁直通ブレーキは直通ブレーキのようにブレーキを動作させると加圧を行うので、空気菅が破損した場合には空気圧が抜けて制動が利かなくなるため、非常用のバックアップとして自動ブレーキを併用しているので複雑になってしまう事やそれに伴うコストが増大する点があり、電気指令式ブレーキはそのままでは自動ブレーキ及び電磁直通ブレーキとの互換性がなく運用上の制約ができる点があります。この点に関してはブレーキ読替装置を搭載する事によって自動ブレーキや電磁直通ブレーキ車との協調運転が行えるようになりますが、信号読替で微妙なズレが生じる場合もあって両者の制動の足並みが揃わない場合もあって、乗り心地が悪くなるケースもあるようです。

表10.各事業者の電磁直通ブレーキと電気指令式ブレーキの初採用年
会 社 名 電磁直通ブレーキ 電気指令式ブレーキ 備 考
採 用 年 形 式 採 用 年 形 式 ワンハンドル
マスコン
制御
東武鉄道 1960年 1700系 1981年 9000系 ×   
西武鉄道 1969年 101系 1983年 3000系 × R/C  
京成電鉄 1958年 3000形 1982年 3600形  
東急電鉄 1960年 6000系 1969年 8000系  
京王電鉄 1962年 3000系 1972年 6000形 R/C  
小田急電鉄 1954年 2200形 1980年 7000形 ※1
京浜急行 1956年 700形 1978年 800形  
帝都高速度交通営団 1954年 300系 1968年 6000系 × ※2※3
相模鉄道 1955年 5000系 1990年 8000系 ×  
名古屋鉄道 1955年 5000系 1993年 3500系  
近畿日本鉄道 1957年 1460系 1978年 3000系 × × ※4
阪急電鉄 1957年 1300系 1975年 2200系  
京阪電鉄 1959年 2000系 1970年 5000系 × ※5※6
南海電鉄 1962年 6000系 1985年 9000系 × ×  
阪神電鉄 1958年 5001形 1984年 8000系 × ×  
山陽電鉄 1976年 2300系 1986年 5000系 × ×  
神戸電鉄 1965年 1000系 1991年 2000形 × ×  
西日本鉄道 1961年 1300形 1989年 8000形  
日本国有鉄道 1957年 101系 1985年 205系 ×  

注1.ワンハンドルマスコンについては左が電気指令式ブレーキ初採用車のワンハンドル導入有無、
   右が事業者がその後に導入した形式へのワンハンドル導入有無。
注2.電気指令式ブレーキの項目の「制御」は電気指令式ブレーキ初採用車の制御方式
   抵抗制御はR、チョッパー制御などはC、VVVFインバータ制御はV。

※1.一般車初の電気指令式ブレーキは1995年登場の2000系
※2.現東京地下鉄(東京メトロ)
※3.試作車の1両にワンハンドルマスコンを採用したが、量産化改造時にツーハンドルに変更。
※4.後述のように3000系以降は電気指令式ブレーキの採用はしばらく途絶えた。
※5.1959年に2000系の先行試作車として1650型2両に電磁直通ブレーキを搭載。
※6.ワンハンドルマスコンの採用は特急車のみで、一般車は現在もツーハンドルを採用。

 表10を見るとそれぞれのブレーキ採用時期が電磁直通ブレーキはカルダン駆動による新性能車登場時で、電気指令式ブレーキの採用時期がチョッパ制御あるいはVVVFインバータ制御車登場時と重なります。制御システムと駆動装置、そしてこの制動装置とこれらは個々には直接関係ないシステムですが、新技術の採用により旧来車両との併結しないのを前提とした設計のものも多く、そうした場合に基本的に互換性の無い新式の制動装置を同時に採用するというのが理由かもしれません。名鉄では3扉の通勤車を一般車運用の主力としてますが、6Rと呼ばれる電磁直通ブレーキを持った6000系列と3Rと呼ばれる電気指令式ブレーキを持った3500系列の2つの体系が存在し、6Rが抵抗制御(6000系)と界磁チョッパ制御(6500系)及び界磁添加励磁制御(6800系)、3RがVVVFインバータ制御となっていて、原則として相互の併結は行われず、増解結の多い名鉄において区別がつくように6500系後期車とほぼ同じ車体デザインの3500系には前面運転台側に電気指令式ブレーキの略した「ECB」と刻まれたプレートを取り付けていて、以降製造された鋼製車の3700系や3100系にも取り付けられていて、デザインのマイナーチェンジのスカート設置とあいまって視覚上で6Rとの違いを表わして誤併結防止に努めています。こうして互いの運用を分ける運用を持つのは名鉄のほかに東武や西武、京急、南海などにみられます。
 併結が存在したり増解結の多い事業者では互換性の無いシステムでは運用には不都合が多く、効率的に車両を回していく事が難しくなり車両運用担当者の頭を悩ませます。そこで前述のようにブレーキの電気信号を互いの制動装置に翻訳する読替装置を装備しますが、これらは小田急や近鉄、相鉄が装備しています。
 近鉄は電気指令式ブレーキの採用こそ1978年と早いものの、路線・車両共に大多数を擁する近鉄では従来からのブレーキと互換性の無い異端のブレーキを導入するのは非常に難があったために、固定編成で他車との併結運用が無い京都市営地下鉄直通用の3200系を除いて電気指令式ブレーキの本格的導入は特急車は1992年登場の22000系“ACE”、一般車は2000年に登場した“シリーズ21”と称される新形式群まで待つ事になりますが、特急車・一般車の両者とも複雑な増解結を行う近鉄で円滑に運用するためにブレーキ読替装置の搭載によって22000系“ACE”が古参の12200系“スナックカー”と併結したり、9020系や9820系など3220系を除く各“シリーズ21”と同じく古参の8000系との併結が日常的にみられますし、もちろん他のチョッパー車などとも併結可能です。しかしながら大半の事業者は増解結を行わない固定編成で運用しているところがほとんどですので自社の技術力や整備能力と照らし合わせて新規技術を取り入れているようです。もっとも1990年代後半になってくると車両メーカーの方も電気指令式ブレーキのノウハウを蓄積しているので、鉄道事業者側が新規導入だったとしてもさほど問題にはならないようです。
 架空鉄道でこうした新型のブレーキを採用する場合、導入のタイミングはこうして駆動装置や制御機器に新しいものを採用と同時に採用するのが妥当な感じといえます。もちろん例外はつきものでチョッパ制御車やVVVFインバータ制御車に混じって京阪5000系や小田急7000形“LSE”、西鉄8000系など抵抗制御車の電気指令式ブレーキ採用車やカルダン駆動を採用しながらも自動空気ブレーキのままで通した西武601系なども存在しています。これらは営業運転では増解結を行わない形式ばかりで、新機軸の導入が容易だったためと思われます。またカルダン駆動を採用しつつも従来どおり自動ブレーキを採用する例もあり、上手く理由を付けれればイレギュラーな存在も成立します。空気管を運転台に延ばさなくても良いので運転台廻りを小型化する事が出来、またマスコンを電気的なスイッチにする事によりワンハンドル化出来ます。こうして電気指令式ブレーキと共に加速とブレーキ動作を一本のハンドルで行えるワンハンドルマスコンを採用する例が多くありますが、細かい動作は加速とブレーキが別々のツーハンドル式の方がやりやすいといわれ、高加減速を重視したり勾配区間が存在する路線では依然としてツーハンドルを採用する例もあり、関東の大手私鉄では全ての事業者がワンハンドルを採用していますが関西ではツーハンドルを採用し続ける事業者が多くみられ、関西大手私鉄で積極的にワンハンドルマスコンを採用しているのは阪急くらいとなっています。また関西を拠点とするJR西日本もツーハンドルマスコンを採用して、他の地方へ車両が転属になってそこが勾配が多い地区でも問題ないようにと広範囲に路線を持つJRらしい理由となっています。車両のデザインや設計・運営思想に地域の差というものが反映されていたりして興味深いものがあります。
 ワンハンドルマスコンも当初は両手で支えて操作する大きなT字型レバーが主流でしたが、逆L字型の片手操作型のマスコンに変化していきます。この片手式ワンハンドルマスコンは中央部に計器類を配置しやすくなり運転台自体も小型化でき前面貫通扉がある車両ではコンパクトに運転台レイアウトを纏められる特徴があります。近年では片手で握れば隠れてしまうような小型のレバーになってきています。こうした運転台の変遷も車両解説に盛り込むと私鉄車両の歴史に重みを持たせることが出来るでしょう。

電気ブレーキの変遷
 電車は当然の事ながら電気をエネルギーにして電動機を使って走ります。この電動機を給電を止めて逆に走行エネルギーを使って回転させると発電機になります。こうして発電機として運動エネルギーを電気エネルギーに変換する際に抵抗が発生して、この抵抗力を車両の制動力として用いるのが発電ブレーキです。比較的簡単な構造で強力な制動力を得る事ができ、ブレーキシューの消耗も抑えられる利点がありますが、生み出した電気は抵抗器によって熱に変換して捨てるという少々勿体無いものでした。特に発生した熱を篭ってしまう地下区間ではトンネル内の気温上昇にもつながり、旧営団や公営地下鉄では回生ブレーキの採用が早期に行われることとなりました。勾配の多い区間では抵抗器の発熱が高くなって処理しきれなくなるケースもあるようですが、通常の使い方であればさほど問題にはならないようです。しかしながら構造が簡単で自車両内で完結するので、省エネルギーの観点から難のある発電ブレーキは今でも電気ブレーキの主流として採用されています。しかしながら制動で作られた電気を他車に還元できる回生ブレーキが新造車の主流にはなってきています。多くの場合は新性能車以降の車両には発電ブレーキは採用されて旧性能車末期に製造された吊り掛け駆動車の一部にも発電ブレーキが採用されていたりしますが、新性能車である東武8000系や西武601系は運用上必要ないと判断されて発電ブレーキを装備していなかったりします。これは前者が制御機器や抵抗器を簡素化するため、後者はメンテナンスや運用において在来車との互換性を持たせたりした結果で共に合理的に判断したものです。後に採用する形式は発電ブレーキを標準装備するようになりますが、比較的初期の段階では大半の例からすると異端なものも存在しえるといえます。このように例外もありますが発電ブレーキを採用し始めるのは、電磁直通ブレーキの採用と同じか前後するタイミングで良く、それを踏まえたうえで例外といえる採用例を出しても良いかと思います。
 回生ブレーキは発電ブレーキの一種ですが、狭義の発電ブレーキでは熱として捨ててしまう制動時に得た電気エネルギーを架線に戻して他の力行する電車に提供するもので省エネ効果に優れていて、廃熱も抑えられるので地下鉄で早い時期から採用されています。ただし回生ブレーキを使用するには減速時に発生した電気を消費してくれる他の電車が運行されていることが必要で、電気が消費されないと余剰となった電気の行き場が無くなり回生失効を起して制動が効かなくなる場合もあり、そのままでは確実な制動システムとしては不安のあるものとなっていました。電気というのは基本的に使う分だけ作って貯める事が困難な性質があり、貯めるにしても携帯電話のバッテリー程度のものでも満タンにするのに数時間掛かるような現状では、回生ブレーキにより発生した電気は同じ時間に走行している他車が使うのが最善の方法となっています。運転が過密な都市区間では多くの列車が運行されているので問題にはなりにくいですが、早朝深夜や閑散区間では大きな問題となります。このため閑散区間でも運用する場合に発電ブレーキを併用する形式もあり、回生ブレーキ装備のVVVFインバータ制御ながら床下機器の中に抵抗器がぶら下がっている車両もあります。京阪京津線など勾配区間で運用される車両にも車輪のタイヤ部分やシューの磨耗を抑えて抵抗器の異常加熱を防ぐ目的で早くから採用されていて、南海電鉄も1990年より2000系で回生ブレーキを山岳区間で使用しています。国鉄でも1951年にEF15を改造して回生ブレーキを装備したEF16が急勾配区間だった板谷峠や上越国境区間で運用されていました。こうした路線は多くの場合こうした山岳区間は運転本数の少ない閑散区間であったりして、そこで回生ブレーキを安定して使う場合には変電所に回生電力吸収装置を設置して発生した電気を回収しています。またそれなりに運転頻度のなる勾配区間では近鉄の5200系を始めとする青山越え対応車には抵抗器を装備して回生失効に対処しています。抵抗器を搭載していない車両でも空気ブレーキとの連動を通常から行っているので、回生失効を起しても空気ブレーキが引き継いで制動を行いバックアップ体制をとっています。
 近年の都会の中と郊外とを結ぶ運転本数の多い路線ならば回生ブレーキ装備車両は標準だといえるでしょう。しかし従来は回生ブレーキを常用するには適していなかった路線でも前述のように乗り入れることができるようになっています。回生ブレーキはVVVFインバータ制御と共に最新の車両としてアピールする事ができるでしょう。回生ブレーキの採用時期としては基本的にチョッパ制御が採用された時期が符合します。これは直通直巻電動機と抵抗制御の組み合わせでは回生ブレーキの使用が難しく、回生ブレーキを常用できるようにするためにチョッパー制御を省エネ車として積極的に導入しようとした経緯があるからです。ただ抵抗制御でも界磁位相制御を使えば回生ブレーキの使用が可能となり、1963年登場の名鉄7500系は複巻電動機を搭載して回生ブレーキを使用し、1964年登場の小田急2600形は回生制動の作用速度域が狭いものの直巻電動機での回生ブレーキ使用ができるようになっていました。架空鉄道とはいえ省エネに取り組む良い機会といえるので、近年の私鉄を再現するなら回生ブレーキは是非とも採用し普及させたいものです。

急勾配を克服する 抑速ブレーキなど
 大手私鉄の多くは比較的近距離の都市間輸送であり、平坦地区での運用が主体となっていて、都心部での急勾配区間は地下区間への導入部程度の路線が多くあります。。しかし広範囲に路線網を持つ近鉄や高地の日光や鬼怒川へと向う東武や秩父山系の元と都心を結ぶ西武、同じく大阪と高野山とを結ぶ南海、京都と大津を分断する山々を越える京阪、神戸と六甲山地を越えて有馬や三田、三木を結ぶ神戸電鉄などが挙げられます。
近鉄は大阪線の青山峠を越える区間と奈良線の生駒越えの区間があり、前者が33.3パーミル、後者が35.7パーミルと急勾配区間となっていて、大阪線に関しては抑速ブレーキ装備車が限定されて運用されています。抑速ブレーキは停めるためのものではなく下り勾配区間で速度を一定に保つためのブレーキで、回生ブレーキや発電ブレーキによって行われます。
 東武では新鹿沼以北で25パーミルの勾配が続く区間となりますが、抑速ブレーキなどの搭載車限定という縛りは無いものの、空転防止の砂撒き装置を改造搭載した例もあります。
西武秩父線は25パーミル区間を有しているものの、東武日光線と同様に性能による制限はありません。しかし1969年の西武秩父線開業にあたって投入された101系や5000系は高出力150キロワットの主電動機や抑速ブレーキを搭載しています。
 南海では橋本〜極楽橋間において最大50パーミルもの急勾配が存在するため、ズームカーと呼ばれる山岳区間用に運用される所謂ズームカーと呼ばれる専用車両を導入しています。ズームカーは難波〜橋本間の平坦区間では他車と同様に高速で運転でき、山岳区間では急勾配に対処できる二面性を持つため、カメラのズームレンズにたとえてズームカーと呼称されています。山岳区間対策としては全電動車となっていて抑速ブレーキは現在廃車や撤退した21001系や22001系などは搭載していなかったものの、前述の全電動車による発電ブレーキを活かした運転を行っていましたが、現在運用されている形式は全て抑速ブレーキを搭載しています。余談ながら急勾配のほかに急曲線も多数存在しているので、車体長は17mに抑えられています。
京阪では本線系統では特殊装備を必要とするような区間は存在していませんが、大津線系統の京津線には60パーミルを越える急勾配が数多く存在するので、全電動車で回生ブレーキ装備し、空気ブレーキ系統もブレーキシューをレジンではなく、低速域での制動力が高い鋳鉄製のシューを使っています。抑速ブレーキを持たないのは、駅間距離が短く下り勾配で一定の速度を維持するような状況になりにくいためと思われます。
神戸電鉄はこれまでの例からすると異色の存在になるといえます。神鉄は起点である湊川から鈴蘭台への路線網の幹となる区間内でも50パーミルの勾配が存在するため、急勾配区間用の車両を別途用意するのではなく、在籍する全車両が急勾配対応されているのが、他の大手私鉄の急勾配路線と違う点です。全電動車ではないものの全保有車数の9割が電動車なっており、M車比率を高めて上り勾配に対処しています。下り勾配には3ノッチもある抑速ブレーキを装備し、万が一の場合には非常電制と呼ばれる主電動機に強い電流を通す事により停車するに近い速度まで減速できる非常ブレーキを装備しています。また営業用電車には装備されていないものの、かつて保有していた電気機関車ED2001にはレールに電磁石を密着させて停車する非常ブレーキも装備していました。
 東京〜横浜や大阪〜神戸間、名古屋〜岐阜間のような平坦区間を想定した架空鉄道ならこうした装備は必要はありません。しかし沿線風景に変化を付けたい場合、終端部が山間だったり県境が山間部で峠越えの区間が存在するなどの路線を設定した場合は何らかの勾配対処を考えた方が良いでしょう。ちなみに鉄道会社において急勾配と認識されるのは大体20〜25パーミルとされていて、実際には20パーミルの勾配区間でも急曲線が存在する場合には換算25パーミルとする例もあります。最近では25パーミル程度では新性能車以降の電車なら問題なく走行できますが、30パーミル以上は何らかの勾配対策を施すのが通例のようです。形式のバリエーションを増やすような感じにするとしたら神戸電鉄のような全編成が勾配運用に特化したものではなく、近鉄のように抑速ブレーキを搭載した形式や編成に限定したものとするのが面白いと思いますし、西部秩父線のように山岳区間開業を見越した新形式投入という展開も車両の歴史として有りでしょう。また南海を例とした二大幹線を設定して平坦専用車両と平坦線用車両+山岳区間用車両の混成という運用は複雑で上級者向きではありますが、ぜひとも使ってみたい設定だと思います。